2013年7月9日火曜日

拡大する外国為替証拠金取引

人は役者、世界は舞台。こんなシェークスピアの言葉を借りれば、ディーラーは役者、外為市場は舞台ということになる。異なる通貨をやりとりし合う外為市場の参加者は、広い意味では銀行のほか、メーカー、商社、生命保険会社、証券会社、そして外貨預金を行い、夏休みのハワイ旅行の準備のために円をドルに換える個人も含む。だがディーラーたちの鉄火場は、金融機関と為替ブローカー(仲介業者)を中心とするインターバンク(銀行間)市場である。インターバンク市場は、為替の卸売市場だ。テレビで「本日の円相場は」と言っているのは、卸売価格に当たるインターバンク相場。円のインターバンク相場が一ドル=九〇円とすると、銀行の窓口で我々がドルを円に換えるときの相場(対顧客電信売相場)は一ドル=八九円、反対に円をドルに換えるときの相場(対顧客電信買相場)は一ドル=九一円となる。米ドル、ユーロ、カナダドルから中国人民元、ブラジルレアルまで三十一通貨の円に対する対顧客電信売相場は『日本経済新聞』朝刊の「マーケット総合面」に載っている。

対顧客相場は、顧客に対する小売価格だ。対顧客相場との間で、銀行はインターバンク相場を基に、円・ドル相場だと上下一円ずつ手数料を得ているのである。卸売のインターバンク市場で相場変動リスクを負う見返りが、手数料となっている。魚や野菜の卸売価格と小売価格を思い出せば、その仕組みは理解できるだろう。もっとも、九八年四月に「外国為替及び外国貿易法」が改正されたのを機に、国内では誰でも外為業務が自由にできるようになった。それまでは、旧外為法に基づき大蔵大臣(現財務大臣)の認可を受けた外国為替公認銀行を通さずには、卸売市場に入れなかった。今やインターバンク市場は木戸ご免(自由参入可能)なのである。

ただし、メーカーなどが続々とインターバンク市場に参入しているかというと、さにあらず。インターバンク市場のディーラーたちは、「売り」「買い」双方の相場を唱えなければならないからだ。通常は十銭単位で相場(気配という)を唱え、一円以上の単位は省く。例えば「一〇、二〇」といえば、一ドル=九〇円一〇銭でドル買い、九〇円二〇銭でドル売りを希望するという意味だ。外為市場では、円を対価にドルという商品を売買する形をとるので、ドルの買い気配を「ビット=買い」、売り気配を「オファー=売り」とディーラーは「ビット」と「オファー」を二本立てにする結果、ドルを買おうと思っていても、相場が大きく動いた場合には、意に反してドルを売らされる羽目になりかねない。この点はトランプの「親」と同じであり、インターバンク取引ではもうけと損失は隣り合わせなのである。

普通、企業はこうしたリスクは負いきれないので、九八年の改正外為法施行後も、インターバンク市場は銀行が主役なのである。とはいえ、年間一兆円以上の儲け(純利益)を稼いでいたトヨタ自動車などの大手メーカー
や、大口の株式、為替取引を繰り返すヘッジファンドなどの方が、為替相場に対する影響が大きくなっているのは確かである。そうした人目顧客に対して、銀行が売りと買いで一円ずつ手数料を求めるとすれば、「おとといおいで」と言われるだけだろう。銀行は大口顧客に対しては、ほとんど手数料を乗せずに、インターバンク相場そのものを提示していることが多い。企業が取引金融機関を絞り込むなかで、対顧客取引の綱引きは企業な
ど大口顧客優位となっている。

その分、銀行は個人に対する為替取引で、手数料を確保しようとしている。銀行の外貨預金と、証券会社の金融商品である外貨建て投資信託を比べてみると、一目瞭然だ。外貨建て投信の利回りの設定が外貨預金より高いばかりでなく、為替手数料は銀行の方が証券会社に比べて二倍から四倍割高となっている。銀行は既存の為替業務に胡坐をかいて、新規ビジネスの発掘をたっている。そう言われてもやむをえないだろう。価格比較サイトには、各行の為替手数料比較も載っているだけに、大手行にも価格競争の波が押し寄せようとしている。外貨建て資産の運用がブームとなるなか、新外為法施行に伴う外為市場の地殻変動は、徐々に個人にも及び始めている。その先端を行くのは、少ない証拠金で為替を売買する「外国為替証拠金取引」かもしれない。