2013年7月10日水曜日

基軸通貨の機能

ミリオン札の発行が二〇〇〇年、ビリオン札は〇二年、トリリオン札〇六年ときて、ズリオン札は〇九年だから、オバマ政権が一期目を終える一三年初めまでにはガズリオン札がニューヨークの土産物店で売られだすかも知れない。問題はそれまでに米国の財政が信認を失わずに済むかどうかだ。〇八年九月のリーマンーショツク後の世界金融危機を一九三〇年代型の大不況にしないために、大規模に実施した財政政策が、今度はソブリンーリスク(政府債務の信認危機)を招く。一〇年春にギリシヤに始まった財政赤字に焦点を当てた欧州の金融動乱は、最終的には米国の財政問題を揺さぶる可能性をはらむ。もっとも、国際通貨という観点でみれば、ユーロが信認危機に見舞われたことで、一〇年半ばの時点ではドルが持ち直している。こうみると根っこにある問題は、財政赤字の膨らむ米国のドルを基軸通貨として仰がねばならない、世界の金融システムのあり方ということになる。

『経済辞典』(有斐閣)によれば、基軸通貨(key currency)とは国際通貨(internationalcurrency)のことで、「国際間の決済に広く使用される通貨」、「各国は対外支払準備として金と並んで国際通貨を保有するので準備通貨ともいわれる」とある。これでは、定義をもって定義に換えたようなものだろう。ここでは、日経文庫所収の『国際通貨の知識』(石山嘉英)の説明を借りることにしよう。通貨とはおカネのことであり、①モノの値段がいくらかという価値の基準であり、②モノを売買するときに使う媒介の手段であり、③経済的な価値を蓄えておく手段である。①の役割を価値基準または価値表示機能、②を支払い手段または媒介機能、③を価値保蔵機能という。

まず、価値表示機能というのは、対外取引の単位になることで、ドル建て、円建てという取引の際の通貨表示をいう。原油取引がドル建てであるというのは、表示通貨としての機能を示している。医療品一千万ドル相当という場合も同じである。次に、支払い通貨というのは、外国の取引相手が受け取る通貨を指す。人気劇画の主人公ゴルゴ13が狙撃請負契約の代金をドルで受け取り、銃の購入をドルで行うのは、支払い通貨としてのドルの重要な役割を示している。そして、価値保蔵機能とは、資産を保有する際に、どの通貨で保有するかだ。通常、外貨を保有する場合、利息を生まない現金で持っていることはない。取引に必要な金額以上は、短期証券や定期預金のような利息を生む金融資産の形で保有する。その意味で、国際通貨となるには、層の厚い金融市場が必要となる。

以上は、企業や銀行、投資家など民間部門にとって、国際通貨が果たす役割だが、政府や中央銀行など公的当局にとっての国際通貨の役割とは何か。まず、価値表示機能としては、固定相場制の下で、自国通貨を固定する際に用いられる。例えば、自国通貨である人民元をドルと連動させてきた中国は、人民元について基準相場を定めている。香港ドルを米ドルに固定している香港の場合も同様だ。次に、公的当局にとっての支払い通貨としては、介入の手段としての役割が大きい。日本を例にとれば、円高・ドル安の加速を防ぐために、政府・日銀はしばしば円売り・ドル買い介入を行ってきた。介入の対象となる通貨を介入通貨というが、日本の場合は圧倒的にドルが介入通貨となっている。

さらに、公的当局にとっての価値保蔵機能を果たすのが、準備通貨である。準備(reserve)というのは、経常収支が赤字になり、外為市場で外貨が不足するとき、通貨当局がその不足分を供給するために使われる。「いざという際の準備」という意味だ。円売り・ドル買い介入をすれば、ドル建ての外貨準備が積み上がるという具合に、介入と外貨準備は表裏の関係にある。日本の場合、外貨準備は圧倒的にドル建てで、運用資産も米政府証券が中心である。その意味で、日本はドルの基軸通貨体制を補完している。基軸通貨は、十九世紀から第一次世界大戦までは大英帝国を擁する英国のポンドだった。第一次大戦で英国は国力をすり減らし、一九三〇年代の大不況期に基軸通貨の大空位時代を経て、第二次大戦後は超大国である米国のドルが基軸通貨になった。