零戦のように、機体を少しでも軽くするためにパイロットを敵の銃弾から防御する鉄板さえ入れないとか、被弾したさい発火しないよう工夫するとかの防御とダメージ・コントロールを一切排除して、ただひたすら航続距離や旋回性能などの攻撃力を追求した傑作が零戦だったのである。むろんこれは一式陸攻も同じで、一式陸攻はその発火しやすさから「一式ライター」と呼ばれていたほどである。日本の戦車は西欧のそれとは比較にならないほど貧弱であったし、戦艦大和や武蔵は対空防御に弱点を抱えていた。日本の空母群もアメリカのそれと比べて、攻撃力は優れていたが防御力やダメージ・コントロールカが弱く、ひとたび守勢に回るとあっけなく海の藻屑と化したのである。
また、防御とダメージ・コントロールの発想が薄いからこそ、兵士に「おまえたちは一銭五厘の消耗品」だとか「兵の命は鴻毛よりも軽い」といった命を徹底的に軽視するマインド・コントロールが不可欠だったのである。防御の弱さは兵士の血で償うしかないからである。むろん、こんなマインド・コントロールが可能だったのも、日本文明が無常感からなる文明であればこそである。もっとも、敗戦により「作用・反作用の法則」が働いて、今度は「人の命は地球より重い」ということになってしまった。むろんこれはごまかしで、本当は「日本人の命は地球より重い」という意味である。人の命が「鴻毛より軽い」も「地球より重い」も、いずれも西欧には見られない日本のオリジナルである。日本文明は至るところに「独創性」が隠れているのである。
それはともかく、島崎藤村の「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓は、敗北後は無駄死にすることなく捕虜となって、その貴重な交戦体験を後世に残し、それを学習材料によりすぐれた戦術や戦略を練りあげる機会を日本軍から奪ってしまった。戦後日本の戦争体験者の多くが、元兵士であっても体験内容が「交戦体験」ではなく「逃げ回った体験」であるのは、交戦した兵士の多くは敗北が決定的となった時点で万歳突撃を敢行し「はかなく」も「華と散った」ので、その時点で貴重な「交戦体験」が消失したからである。
2015年11月19日木曜日
2015年10月19日月曜日
介護費用の急増と介護保険構想
所得保障としての年金保険、医療保険のいずれをみても。その条件は脆弱である。そのうえに、介護を必要とする高齢者の増加も避けられそうにない。厚生省の推計では、寝たきり・痴呆・虚弱症状にあって介護を必要とする高齢者は、九三年に二〇〇万人であったが、これが二〇〇〇年に二八〇万人、二〇一〇年に三九〇万人、二〇二五年に五二〇万人に増加するとされている。
一九九三年度において、老人医療費のうち介護の色彩の濃い部分が、約八〇〇〇億円ある。これとは別に、老人福祉サービスとして施設サービスと在宅サービスに一兆五〇〇〇億円、家族による介護をヘルパーの単価をもとに換算すると二〇〇〇億円。高齢者の介護に、総計二兆五〇〇〇億円の費用がかかっている。これが二〇〇〇年には、老人医療のうち介護の色彩の強い部分が二兆一〇〇〇億円、老人福祉サービスの公的負担部分が二兆二〇〇〇億円、家族による介護費用をヘルパー単価に置き換えたとして三兆四〇〇〇億円となり、総計七兆七〇〇〇億円の費用を要すると推計されている。
特別養護老人ホームの整備やホームヘルパーの増員をはかる「新ゴールドープラン」(新・高齢者保健福祉推進一〇ヵ年戦略)が計画通りに進行しても、二〇〇〇年には、ちょうど家族による介護費用部分が不足する。だが、計算上はそうであっても、すでにみたように老人保健医療を国保で支えられるのか。また既存の債務を累積させている予算構造を前提にした時、「新ゴールドープラン」に必要な財源を投下できるだろうか。そして、財源不足部分を家庭内介護にゆだねてょいのだろうか。
このような状況下で、急速に費用負担制度として浮上しているのが、公的介護保険制度である。基本的な考え方は、特別養護老人ホームの介護費用やホームヘルパーの費用、老人病院の介護的色彩の濃い部分の費用などを、若年層から高齢者までを被保険者とする介護保険を創設して、そこから支払おうとするものである。九四年コー月より厚生省の研究会や老人保健福祉審議会、さらに社会保障制度審議会などの報告があいついでいるが、九七年度からの導入をいうわりには、構想のひとり歩きが目立っており、制度の内容が詰められていない。
だいたいが、介護保険の給付対象をどのようなサービスとするのか。医療保険の場合には、治療の必要性と治療内容は医師によって認定されている。だが介護保険では、どのような機関が受給者と保険給付サービスの内容を認定するのか。介護保険料を何歳からいくら支払うのか。それは介護保険でカバーされるサービスと密接に関係するが、具体的額が示されているわけではない。
一九九三年度において、老人医療費のうち介護の色彩の濃い部分が、約八〇〇〇億円ある。これとは別に、老人福祉サービスとして施設サービスと在宅サービスに一兆五〇〇〇億円、家族による介護をヘルパーの単価をもとに換算すると二〇〇〇億円。高齢者の介護に、総計二兆五〇〇〇億円の費用がかかっている。これが二〇〇〇年には、老人医療のうち介護の色彩の強い部分が二兆一〇〇〇億円、老人福祉サービスの公的負担部分が二兆二〇〇〇億円、家族による介護費用をヘルパー単価に置き換えたとして三兆四〇〇〇億円となり、総計七兆七〇〇〇億円の費用を要すると推計されている。
特別養護老人ホームの整備やホームヘルパーの増員をはかる「新ゴールドープラン」(新・高齢者保健福祉推進一〇ヵ年戦略)が計画通りに進行しても、二〇〇〇年には、ちょうど家族による介護費用部分が不足する。だが、計算上はそうであっても、すでにみたように老人保健医療を国保で支えられるのか。また既存の債務を累積させている予算構造を前提にした時、「新ゴールドープラン」に必要な財源を投下できるだろうか。そして、財源不足部分を家庭内介護にゆだねてょいのだろうか。
このような状況下で、急速に費用負担制度として浮上しているのが、公的介護保険制度である。基本的な考え方は、特別養護老人ホームの介護費用やホームヘルパーの費用、老人病院の介護的色彩の濃い部分の費用などを、若年層から高齢者までを被保険者とする介護保険を創設して、そこから支払おうとするものである。九四年コー月より厚生省の研究会や老人保健福祉審議会、さらに社会保障制度審議会などの報告があいついでいるが、九七年度からの導入をいうわりには、構想のひとり歩きが目立っており、制度の内容が詰められていない。
だいたいが、介護保険の給付対象をどのようなサービスとするのか。医療保険の場合には、治療の必要性と治療内容は医師によって認定されている。だが介護保険では、どのような機関が受給者と保険給付サービスの内容を認定するのか。介護保険料を何歳からいくら支払うのか。それは介護保険でカバーされるサービスと密接に関係するが、具体的額が示されているわけではない。
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