2015年4月18日土曜日

内憂外患

もともと生物は、環境の中に存在しているものから自分の存続に役立つものを取り入れることと、逆に自分の存続に役に立たないものを環境の中へ排出することとを同時に行なっている。このような流れが乱されれば、生物は直ちに自分の崩壊、すなわち死への道を歩み出す。この流れを乱すものの中に生きている、別の生物もある。この場合、宿主である生物に対してその寄生体としての別の生物が、自分の存続を主張するのが原則である。ここでは、この寄生体としての生物が、私たちの身体の内から出てくる場合と外からの場合との二つを、感染症以外にも範囲をひろげて考えてみたい。

内憂外患という言葉がある。これは、一つの国の国内の問題と外国との折衝あるいは争いを、対にした言い方である。内憂外患は、ともに一つの国のまとまりを崩すものと考えられる。一個の生物の場合、これは病気に相当する。とくに病気の原因が生物である場合を考えてみると、いろいろな感染症や伝染病、臓器移植が外患として考えられる。臓器移植で移植された臓器を悪いものとするのはおかしいようだが、生体のもっている原理からすると、臓器移植のあとに起きる現象は、病原体によって起こされる感染症に似ているのである。悪性腫瘍の場合には患者といい、臓器移植の場合には受容者と表現するように、ともにこれらの患者は宿主とは見なされない。しかし生体は、悪性腫瘍細胞に対しても移植された臓器に対しても、感染を試みる微生物に対するのと類似の対応をする。

2015年3月19日木曜日

国務院の一五の部と委員会が廃止された

机の上にその書類が一枚だけあったとしても、ハンコを押さず何日でも放っておく。後で問題が生じ責任をかぶるようになりはしないかと恐れるのである。その国務院官僚が国有企業に粗放型経営を改めよと、改革を指示したところで、相手がそれを承知するとは考えられない。国務院機構を根本的に改造しなければ、国有企業の改革が満足に進むはずがなかったのである。李鵬は原則を述べたが、原則だけでは壁を破ることは出来ない。全国人民代表大会に集まってきた政治家たちにも、改革の最後の壁の所在は十分に分かっていたのだろう。それだけの根回しも、長い期間をかけて、やってきたのだろう。しかし、たぶんにカリスマ的にことを運ばなければ、騒ぎが起こることは避けられない。その人は朱鎔基をおいてなかったのであろう。
 
国務院の一五の部と委員会が廃止され、四つの部と委員会が新設され、三つの部と委員会が改称され、二二の部、委員会、銀行、署が存続することが決定された。現業管理部門は、行政と経営の分離を実行し、企業を直接に管理しないことが再確認された。ただし石油、天然ガス、石油製品、石炭、自動車の五品目の生産・供給計画については、政府が直接に関与する。職務の集中化にともない、定員は半分に減った。余った人員は企業や地方機関などに分散させられるが、それには三年かかるという。朱鎔基は紡績産業をはじめとする、全産業にわだってのスクラップーアンドービルドの実行の責任も背負ったのである。その改革のために、実質失業人口は一一〇〇万人から一三〇〇万人に及び、失業率は六ないし七%となり、建国以来五〇年間での最高を記録している。中国国民の物質生活は、一方では、二十年余りの平和な時代の経済発展によって、いちじるしく近代化し豊かになった。